駄句は捨てずに書き留めたい。

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ぼくがかんがえたさいきょうの大人!になるための決意表明と言い訳。

これは決意表明である。

堕落した大学生活の全課程修了を目前に控え、本腰入れて立派な社会人を目指す、社会人0年目の決意表明である。

 

どうも柿です。何年か後に読み返して恥ずかしくなりたくて書きました。めっちゃ長いんですがもしよかったら読んでください。

 

 

きっかけ

僕の大学生活は、それはそれは怠惰なものであった。「 ムロさんの心」と書いて「怠ける」。

 

まず僕は早起きができない。

午前中に予定が無い日はアラームを11時前に掛けるがそれでも起きれない。大学生活最後の年は、週に1回だけ、朝8時からのアルバイトのためにしぶしぶ早起きしていた程度である。これが後の渋柿です。

そして三か月後に卒業を控えた僕は、堕落した生活を見つめ直して「このままではだめだ」と思い立ったのである。(今までも気が付いてはいたが、賞味期限が来るまで冷蔵庫の奥の方に置いてできるだけ見ないようにしていた)

 

 

社会人になるにあたって、「どんな大人になりたいか」を一度紙に書き出した。一つずつチェックを付けていくと理想の大人になれる、スーパーカッコイイ大人の設計書です。

確か最初は10個くらい紙に書いた気がするけれど、そのメモは翌日には紛失した。だが問題ない。メモの役割の9割は書き出すことにある。昨日書いたことはだいたい覚えてるもんです。

そしてその設計書を整理して、3つの目標を絞りだしました。

 

・英語を喋れるようになりたい。

・アウトプット能力を身に着けたい。

・「お金」について勉強したい。

 

 

 

立派な大人になるまで続けて、そしてゆくゆくはカッコイイ大人なオジサンになりたい。お高いスーツとか着こなしたい。

 

僕は褒められないと伸びないタイプなので、頑張る僕を見たら「えらいぞ。」と言ってください。

 

それでは1つずつ話します。

 

 

 

英語を喋れるようになりたい。

大学時代、国際学会での英語の発表やディスカッションでは、語彙の低さにへこたれた。聞き取れる単語の意味が分からない。同研究室の中国人とは英語でのコミュニケーションでつまづきまくっていた。彼らは日本に留学に来るのにまず英語を勉強してくる。なぜだ。

文法も、自分が話したい事とは微妙にニュアンスの異なった英語表現になることが多かった、と、当時はそんなことにも気づかなかった。学会発表後の中華料理店で教授にそんなようなダメ出しを頂いた。たぶん今も気付けていないことのほうが多い。

日本語を捨てて英語だけで生きていけるほど達者な英語マスターになりたいわけではないが、英語を達者に使いこなす彼らが「何を話しているのか」くらいはわかるようになりたい。

 

加えて僕は、よく洋画を観る。映画の雰囲気を大切にするタイプなので、字幕で見る。ただし、洋画の中でもフランス映画はほんとうに聞きとれないので割と吹替で見る。そしてインド映画には名作が多いのに吹替があるものが少ない。むしろ見たことないくらいです。ちょっと寂しいです。

字幕で映画を観ていると、主演が振り向いて放つカッコいい決めゼリフに対する日本語字幕がなんだか腑に落ちないことがたまにある。その度に「え、これほんとに正しく(ネイティブな意味で)翻訳されてるのかな?」と思う。吹替でもう一度観ても、日本語のセリフがなんだかしっくりこない。内容は入ってくるけれど、かっこいいシーンがちょっと残念な印象のまま自分の思い出に残るのが悔しかった。脚本家や監督が本当に表現したかったシーンを取りこぼさないように「洋画を字幕なしで楽しみたい(もちろん吹替ではなく)」と思った。

ネイティブな日常会話がわかるようになりたい。いつかは喋れるようになろう。そんな感じです。

 

 


アウトプット能力を身につけたい。

これは就職活動でエントリーシートを書いているうちに、1日6000回は考えていたことだ。起きてから寝るまで60時間は考えていた。僕はどうやら、大きめの数字の嘘をつく時は6という数字を使いがちのようです。

 

研究室ではプレゼンをする機会が多かった。2週間に1回の進捗報告や、季節に1回の研究室内での研究発表、年に1回の大学内での発表など。何度も発表を行う中で、自分の「とっさの説明力」の下手くそさを思い知った。時間をかければ発表用の原稿は作れるけれんだけれど、いざ質疑応答になるとうまく言葉が出てこない、みたいな。

まず物事を簡潔に話すことが苦手なので、だらだらと長く的外れな回答をしてしまうことが多かった。こればっかりは大学生活でちっとも改善しなかった。というか良くなっている感がさっぱりない。読みにくい文章で本当にすいません。いや、これからレベルアップしていきます。

 

ということで、「伝える力」を培う実践編、アウトプットの練習として、はたまた社会人になり夜の数時間をゲーム実況動画なんかに溶かさないように、ブログを書いてみようと思い至ったのであった。

続く限り続けて行きたいです。よろしくお願いします。

 

 


「お金」について勉強したい

尊敬する2年上の先輩が、僕より2年早く社会人になり、投資を始めたらしい。そんなブログを読んだ。なんてかっこいいことか。人生設計がハッキリしている。フューチャーのビジョンがクリアな社会人である。覚えたての横文字くらいかっこいい。

しかし僕が先輩を心から尊敬するようになったのは、彼が卒業してからだった。サークルのころはそんなカッコいい1面は見せてくれなかった。あるいは、僕に見る目がなかったかのどちらかだ。答えは後者です。

先輩のブログを読んで、僕も将来は自分の貯金や「お金」について考えていかなければならないと思った。お金はあったらあるだけほしい。もらったお金を無駄にしないために、お金について勉強しよう、そのためなら苦手な活字も読もう、そう誓った。出来た後輩は尊敬する先輩を見習うものです。

 

「お金」について勉強したいと思い始めたころ、ニュースで評論家に「老後までに2000万円貯めなさい」と口うるさく言われた。実はこれがいいタイミングでした。

 

税金と年金を払って、親に今までの仕送りの分くらいはお金を返そうとしている僕に、2000万円を貯めるためのお金が毎月手元に残るのか。実に怪しい。大学生活ではバイト代でラーメンと飲み会に明け暮れていたし、バイト代も仕送りもほとんどその月に使い果たして、季節に1回はお小遣いをもらうために帰省した。親のすねにぴえん。「おばあちゃんいつもありがとう、働いて返すね」。何度も言った。祖母のすねにもぴえん。

思えばこれまでの人生ではお金についての知識を付けようとしたことがなかったし、そもそも貯金のことなど何も考えていなかった己の愚かさを深く反省した。小生猛省大更生。

社会人になったら稼いだ給料で日々を生きていかなければならない。当たり前である。仕送りは来ないし、おばあちゃんにすぐ会いには行けない。だいたい新幹線で2時間半くらいはかかる。しかも新幹線のチケットがまた高い。ぴえん。「ぴえん」で置いてけぼりの方はぜひ調べてください。

 

勉強するにあたって、根が不真面目で怠慢な僕は、途中で投げ出してしまわないように、若者に絶大な支持を集める動画サイト「YouTube」に動画投稿をしている投資チャンネルを見つけた。そしてそのYouTuberがおすすめする、いわゆる「金融本」を読むところから始めることにした。

僕は不真面目なので1日1時間はYouTubeを見ます。これは本当に仕方ないことで、仕方ないことだからこの時間を勉強に使おうという算段になります。

 

本を読むのにKindleはほんとうに便利だと思った。電子書籍という発想は天才のそれだ。自宅の本棚に収まりきらずにベッドの横に積み重なった漫画達も、いつかスマホの中にすべて収納される日が来るのだろう。僕はかなり遅れてKindleとの革命的な出会いを交わし、「携帯できる本棚」を少しずつ作っている。

 

Kindleの何が良いかというと。電車でも街でも若者らしくスマホをいじっていられることです。つまり周囲の出来た大人たちは、僕が実はたいへんな努力家であることに気が付かないのです。

スマホばかりいじる僕を見て「最近の若者はスマホばっかり・・・」と憂うのだろう。残念だったな、こちとら勉強してるのだよ。

ただ、スマホばっかりなのは事実である。

勉強はちゃんと頑張ります。

 

 

 

 

以上、3つの決意とちょっとだけ長めの言い訳でした。

いつ見返しても続いていたらいいなと思います。

 

 

 


紛失した紙にはほかに何を書いていたのか。

忘れたわけではなくて、必要ないから削ったのです。

1つは「筋トレをする」。これはNintendo Switchの筋トレソフト「リングフィットアドベンチャー」がAmazonや楽天で軒並み売り切れているのを見て諦めた。ジムに通うのは人見知りには敷居が高い。

次に「おいしいものを食べる」。これは別に決意表明じゃないし、いつだって食べたいものを食べている。味噌ラーメンって、おいしいですよね。

あとは「ドラムを始める」とか「おいしいコーヒーを淹れれるようになる」とか「サーフィンをはじめる」とかだったと思う。趣味じゃん。本当にやりたいのならきっと大学生のころ始めていた。でも大学時代に始めていても、続いていたかどうかは怪しい。僕は根が不真面目で飽きっぽい性格なのです。

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